「自分史」という言葉は、1975年歴史学者色川大吉氏が『ある昭和史自分史の試み』という本の中で初めて使われたと言われています。
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何かを始めようとするときに、そのルーツを知ることはとても大切なことだと思っています。
わたしも早速購入して読んでみました。

その本の中から「自分史」という言葉が初めて使われた部分を引用します。

歴史の枠組みがどんなに明快に描けたとしても、その中に生きた人間の中身がおろそかにされているようでは、専門家のひとりよがりとしてみなされよう。
(中略)たしかに同時代史はあまりにも身近すぎで、歴史として熟れていない。それにもかかわらず、もっとも書かれねばならないものだし、今こそめいめいが”自分史”として書かねばならないものだと思う。

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そして、「自分史」を書こうとする人へのエールというような一説をご紹介します。

人は誰しも歴史をもっている。どんな町の片隅の陋巷(ろうこう)に住む「庶民」といわれる者でも、その人なりの歴史をもっている。それはささやかなものであるかもしれない。誰にも顧みられず、ただ時の流れに消え去るものであるかもしれない。しかし、その人なりの歴史、個人史は、当人にとってはかけがいのない”生きた証し”であり、無限の想い出を秘めた喜怒哀歓の足跡なのである。̶̶この足跡を軽んずる資格をもつ人間など、誰ひとり存在しない。

この逆説的な表現で、「自分史」の大切さや、意義を書き記して、一人一人の人生がかけがえのない、大切にされるべきものだと思わせるこの一節が好きです。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。