人生の「何か」を記録していたら、もうそれは立派な「自分史」。自由なカタチで「自分史」作りを始めよう!

子育て主婦の宅建学習記⑦

受験日のこと

2004年10月18日(日曜日)、受験の日でした。天気は快晴。緊張はしながらも、無事にこの日を迎えることができ、試験日に子どもたちが熱を出すこともなく、受験できることにまずは感謝の気持ちでした。

当日はオットが運転手を引き受けてくれて、父子3人で試験会場へ送ってくれました。私の住むN市ではちょうど地方祭の日で、一般道は混雑が予想されましたので高速を使い、試験会場のあるM市へ1時間ほどのドライブです。私は運転があまり好きではないので、送ってもらえたのはとてもありがたかったです。

<11時すぎ>

オットのアドバイスにしたがい、まずは試験会場の場所確認。会場にはすでにたくさんの人がいました。

<12時前>

昼食を済ませて試験会場へ。試験会場へは自家用車厳禁ということだったので、少し離れたところまで送ってもらいました。
会場にはびっくりするほどたくさんの人がいました。受験者の多い試験だと実感しました。
試験を受ける教室に入ってまたびっくり。大学での試験だったのですが、教室はあまり広くなく、しかも机は,、個々の机を2つずつくっつけて並べられていて、小学校時代を思い出しました。隣がイケメンのお兄さんなら試験もそっちのけになるところでしたが、幸い?年配の方で、というか、ほとんど隣を気にする余裕もなく、試験直前の時を過ごしました。
試験直前は、サブノート(ゴロ合わせと注意する語句)のチェックをしました。

<13時>

お手洗いを済ませて、携帯(電源は切る)を封筒(配布されます)に入れ、机の中に入れて、いよいよ試験です。
解答用紙にはすでに受験番号がマークされていましたので、記入し忘れるようなことはありません。
そして試験。
思っていたより難しくて時間がかかり、最後の方は残り時間の少なさにあせりまくって、一瞬パニックになるほどでした。
全問終了して、残り時間は3分ないくらいでした。
2時間がホントに、あっという間でした。

<15時>

終了。ふー

試験終了から合格まで

<試験終了時の手ごたえ>

40点を目標に受けた試験でしたが、手ごたえは・・・×。感覚的には、27,8点というカンジでした。
迎えに来てくれたオットにも、私のさえない表情から、手ごたえがなかったことが伝わったようです。
試験日の夜には、解答速報がネット上に出回りましたので、勇気を出して自己採点をしました。(試験の時より心臓バクバクで、手がふるえました)。結果33点。なんとも言いようのない数字でした。

<一喜一憂生活>

その夜から私の「掲示板を見て、一喜一憂生活」が始まりました。
掲示板では、いろいろな予想点がまことしやかに流れ、32,3点あたりの人が落ち着かない日々をすごしていることがよくわかりました。私も、あきらめの気持ち8割、もしかしたらの気持ち2割で過ごしました。
10日ほどすると、宅建情報ネットで合格ライン予想が34点と発表され、それ以来あまり掲示板は見なくなりました。

<合格発表の日>

合格発表の日、あんなに気にしていたのに、朝から用事が多く、発表のことをすっかり忘れていました。昼過ぎに思い出し、急いでパソコンを立ち上げました。直接(財)不動産適正取引推進機構のサイト(合格発表)を見に行く勇気がなくて、掲示板を見ました。そこには、「32点合格」の文字が並んでいました。
あらためて、合格発表のサイトを見ると、確かに自分の受験番号が載っていました。感動!!!

< 合格証書>

発表から2日後、郵便やさんが配達証明郵便で届けてくれました。封筒に大きく「合格証書在中」って書いてあって、また感動!!!

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
つづく⇒子育て主婦の宅建学習記⑨
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

PAGETOP
Copyright © 自分史のいろは All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.